今週のコラム ニューノーマル時代に備えて経営者は「ダム経営」を実践すべし!
「髙窪先生、『ダム経営』ってご存知ですか?とあるセミナーで教えてもらったんですけど、ウチの会社には馴染まないように思ってしまい、話の途中ぐらいまでしか聞いていませんでした・・・『ダム経営』はウチの会社にも当てはまると思われますか?」──とある製造業の経営者の方からのご相談です。
そうです。「ダム経営」といえば、松下幸之助さんですよね。
外部環境に影響されることなく、常に一定の供給を可能にするために、河川の水を堰き止め、蓄えるダムと同じように経営のあらゆる分野で的確な見通しのもとに余裕を持った経営をすることで、安定的な発展をすることができるというのは理屈ではわかるのだが、我々中小企業ではそのような余裕もなく、「ダム経営」をしたくてもダムをつくることすらできない・・・ということで、今回のようなご相談になったことは想像に難くありません。
実際に、1965年(昭和40年)に松下幸之助さんが講演した第3回関西財界セミナーでは、「ダム経営ができれば確かに理想です。しかし、現実にはできない。どうしたらそれができるのか、その方法を教えていただきたい。」との質問があったそうです。
これに対する松下幸之助さんの答えは、「ダムをつくろうと強く思わんといかんですなあ。」というもので、冗談と思った中小企業の社長などで会場には笑いが起こったとのこと。
ここは笑うところではありませんよね(怒)
中小企業であろうとなかろうと、「日本で一番いいものをつくろう!」、「世界で一番いいものをつくろう!」と、経営者として努力すべきですし、そもそも「日本一」、「世界一」になると強く思い、努力しなければ生き残っていくことさえ叶わないのです。
実際、松下幸之助さんだけでなく、本田宗一郎さん、稲盛和夫さん、永守重信さん、柳井正さん、などなど一代で業界のトップの地位を築き上げた経営者は、総じて「日本一」、「世界一」になると強く思い、努力することで叶えてきました。
では、「ダム経営」とはどのようなものなのでしょうか?
(松下幸之助、PHP文庫 松下幸之助発言集ベストセレクション〈第2巻〉経営にもダムのゆとり 〈第2巻〉PHP研究所(1996/03発売)257p ISBN:9784569568423)
「ダム経営」を提唱する(P.228〜P.231引用)
水を流れるままに流して水の効用をムダにするのは、まことにもったいないことであるのみならず、そこからたくさんの被害が起こってくる。それでところどころにダムをつくりまして、水の流れの調整を図る。天から受けた水は一滴もムダにしないようにやろうというので、今日、各所にダムをつくって水の効用を経済的に生かしているわけでございます。これはもうすでに皆さんよくご存じのとおりでございます。
われわれの経営にも、そういうようなダムというものが必要ではないかということであります。 私は先ほど申しましたように、アメリカの会社が二度の戦争を通じて、なお値段を変えずして、ある一つの品物を売り通したということは、これはダム経営をやっておったからだと解釈していいと思うんです。
今、日本の実情を見ますと、設備の上にダムがないですよ。 設備をどんどん増やした。 そして製品が全部売れると思った。ところが売れない。 それでやむをえず設備の20パーセントを余らせる。 これはダム意識によって余らせたんではございません。売れるだろう、儲かるだろうという、経営意欲に駆られてやったのであって、ダム意識によってそういうようなことになったんではないと思います。
私の言うダム経営というものは、最初から一割は余分に設備を常にしておかないといかん、それは社会的事変に対するところの企業者の責任であるという自覚であります。その自覚において、普通の需要を正確に設定いたしまして、変事に備えるために一割の設備増強をやっておく。 これは意識の上にある。 これが私はダム経営やと思うんです。
でありますから、少々の変動があったり、需要の喚起がありましても、そのために品物が足りなくなったり、値段が上がったりすることはありません。
そのときは余分の設備を動かせばいいんでありまして、あたかもダムに入れた水を必要に応じて流すようなものでございます。 そういう意味の、設備のダム設置、いいかえますと設備の増強であります。
したがって採算はどこにおくかといいますと、採算は、常に90パーセントの生産をして引き合うところにおいてやっていく。 はたして日本の経営はそういうようにやっているかどうかですが、日本の今日までの経営を見てみますと、需要を過大に評価して、そうしてそれに対して設備を拡張していこう。 だから、したものは全部動かさないといかん、全部動かさなければソロパンに合わないと、こういう状態になっておるんではないかと思います。
これはダム経営でも何でもありません。非常に極端にいいますと、無責任な経営とこういうように思います。
したがって、売れないときには非常に値を安くして競争する。 過当競争する。 まあこれぐらい拡張したらいいだろうということで拡張したが、もっと要るときには、値段がやっぱり上がるということになります。
これは設備だけでありません。 資金の面におきましても私はそういうことがいえると思うんです。 資金の上にもお互い資金のダムをつくらないといかんのです。 そこに入れておかないといかん。 必要に応じて資金を使う。 要らんときにはダムで余らせておく。こういうことをやっぱりやらなくてはならんと思います。そうでないと安定経営というものが生まれてこないと思います。
今日わが国の経営態度を見てみますとーきょうは言いたいことを言いますけど、どうぞ勘弁してください。けしからんことを言うと怒らんようにしてくださいよ。これは私自身にも言うて聞かしているんですから。(笑)―資金のダムなんてほとんどございません。
資金は、ダムが空っぽになってしまっている。そのうえにまだ雨が降らんからというて、願うがごとく銀行へどんどん交渉に行っている。銀行はもうそれ以上、交渉もやれないというて困っている。しかし相手も困っているからなんとかしないといかんというて、「泣の涙で」というとえらい悪いけれども、(笑)非常に結構なご趣意をもって皆さんに協力しておられるというような姿も一面にあろうと思うんです。
そうでありますから、そこに非常に資金的に無理があります。だから資金を獲得するために安売りをする、横流しをする、原価販売をするということになる。そこに過当競争がまた起こってくる。資金のダムをもっていないという経営のあり方、私はこれはもういけないと思います。これは今後において、やはり是正していかねばならん問題だろうと思うんです。これもダム経営の一環としてやっぱり考えねばならんと思います。
〜 以上、引用 〜
如何でしょうか?「ダム経営」のイメージは描けたでしょうか?
では、どれくらいの余裕があれば「ダム経営」ができるのでしょうか?
これについて松下幸之助さんは具体的には公言していませんが、上記発言集には、「90パーセントの生産で採算が合うようにしておく」とありますので、常に10パーセント分の余剰設備を用意したり、余剰資金を貯めたりしておくということだと思われます。
このご時世ですので、10パーセントの余力を・・・ということになると非常に厳しいですが、私たち中小企業は、「高品質・高価格」を実現し、「差別化集中戦略」で戦っていかなければなりません。
何としても、10パーセントの余力をつくるべく、「差別化集中戦略」で「高品質・高価格」を実現することを強く思い、努力していくのです。
そして、毎年10パーセントの余力を蓄積していくことで、資金のダムをつくるのです。
資金のダムは、1年間売上がなくても十分なものにしなければ、この混沌としたニューノーマル時代を乗り越えていくことは難しいと思われます(具体的には、年間の売上総利益と同額)。できれば、3年間売上がなくても大丈夫な資金のダムにしたいところです。
欧米的な「効率経営」であれば、株主から糾弾されて資金のダムは許されないことでしょうが、私たち日本の中小企業は経営者である私たちがオーナーであり株主です。
今般のように、約2年もの間に渡りサプライチェーンが寸断され、物の移動ができない状況下では、資金のダムの有無が企業の生死を分けたことを身をもって感じられたのではないでしょうか?
何でも欧米的な経営方法がいいのではありません。我々日本人は農耕民族で、狩猟民族ではありません。自分達に合った経営をしていかなければならないのです。
教科書的には、3ケ月分の資金があれば・・・と言われていますが、これから、混沌としたニューノーマル時代を乗り越えていくには不十分だと思います。
毎年、最低10パーセント以上の余力を蓄積していくことで、早急に1年間(できれば3年間)売上がなくても大丈夫な資金のダムをつくっていきませんか?
そのために、自社の商品・サービスだけでなく、取引先についても「スクラップ&ビルド」をして、利益率を改善していく必要がありますし、それを実践していくことで稼げる強い企業に生まれ変われます。
そうすることで、外部環境に左右されない、安定経営を実現することができ、世の中に一定した価値を提供し続けていくことができるようになります。
あなたは経営者として、どのような「ダム経営」をされるおつもりでしょうか?